19世紀 Erotic Art in the 19th Century

 19世紀の性愛のイメージは、二つのキーワードで括ることができます。

 一つ目は「大衆化」です。この時代、社会の実権が一部の特権階級から市民階級へと移っていくのにともない、アートは大衆化し、性愛のイメージも大衆化していきました。王侯貴族の贅沢な道楽は、いまやあまたの市民が享受するところとなったのです。

 こうした変化を象徴するのが、18世紀末のフランス革命です。革命前後には、手頃な値段の好色パンフレットや好色挿絵本が地下出版でおびただしく流布しました。

 そのなかでも目を引くのが、有名人の下半身のスキャンダルを暴き立てた諷刺画です。マリー・アントワネット、ルイ15世、ナポレオン一世といった面々が格好の標的とされました。セックスのイメージが脱権力の威力を発揮した例です。ただし、これら諷刺画の作者にとって、権力者の悪徳を暴くといのは建前にすぎず、本音は大衆の好き心につけこんでちゃっかり儲けたいといったところでしょう。この手の出版物は、大衆の覗き見趣味を満足させるようなその後のジャーナリズムの隆盛に大きな影響を及ぼしました。

 セックスのイメージの大衆化の背景にあるのは、王制から民主制への移行という政治上の出来事だけではありません。教会の禁欲的な教えがますます社会的に影響力を失ったこともあります。それに、複製技術や印刷技術がさらに向上したことも挙げることができます。セックスのイメージは、いまや大量生産される商品となったのです。

 二つ目のキーワードは「偽善」です。この時代、性にまつわる露骨な表現は、表立っては厳しくタブー視されました。そのいっぽうで、人目にじかに触れないところでは、かなりの程度まで許容されました。

 こうした二重規範は、かつての貴族文化にも多かれ少なかれ見受けられたものの、性にいっそう偽善的な態度を示した新興市民階級の文化によってますます強められたといえます。ヴィクトリア朝イギリスで、ピアノの脚が卑猥に見えないよう布で覆ったのは有名なエピソードです。

 二重規範の時代、アートとポルノの垣根、公的芸術と私的芸術との区別は敏感に意識されました。アートの世界では、ヌードを描くにしても古代神話や聖書の主題を用いるのが依然として当然とされていました。

 そのいっぽうで、アンダーグラウンドでは、露骨な好色画があまた出回りました。それらには、うわべは謹厳を装うブルジョワたちの淫蕩な私生活を暴露するといった、覗き見趣味の傾向が顕著にうかがえます。

 

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