レダの受難史 The History of the Sufferings of Leda

 レダはスパルタ王テュンダレオスの妻であった。あるときユピテルは川で水浴しているレダを見て欲情し、白鳥へと姿を変えて想いを遂げた。この性急な交わりによって生まれたのがカストルとポルクスである。

 イタリア・ルネサンスの大御所たちがこぞって取り上げた「レダと白鳥」のモチーフ。ところが、ミケランジェロの《レダ》はのちにフランス王ルイ十三世の廷臣によって卑猥だとして焼却されてしまった。ヴェロネーゼの《レダ》も同様の悲運を辿った。コレッジオの《レダ》は、18世紀に所蔵者であったフランスのオルレアン公フィリップの息子ルイによって、あまりに卑猥だとして、レダの顔の部分が切り裂かれてしまった。その後どうにか修復されたものの、レダの顔は不自然となってしまった感が否めない。コレッジオの蠱惑的なレダは永遠に失われてしまったのである。レオナルドの《レダ》原画は消息不明である。

 レダ受難の理由、それは十七世紀から十八世紀にフランスで、この画題をめぐって大いに物議が醸され、極端な拒否反応が示されたことによく見てとれる。かつてあれほどもてはやされたこの主題は、神話上のフィクションとしてより、人間と動物の交合、つまり許されざる大罪である獣姦として捉えられたのである。

 

 

コレッジョ《レダ》(1531-32頃)
コレッジョ《レダ》(1531-32頃)

 

 

 

出典:田中雅志『封印されたエロス:もう一つの美術コレクション』, 三交社, 2002/12, 27頁

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