現代イギリスの彫刻家ジェイミー・マッカートニー氏の問題作"The Great Wall of Vagina"について

 「女性器がアートになるの？」と問われれば、どんなに目くじらを立てる人がいようと、私はそうだと言わざるをえません。

　イングランドの「シーラ・ナ・ギク」、インドの「ヨーニ」など、女性器を象った彫像は、古くから世界各地にあります。19世紀フランス写実主義の巨匠ギュスターヴ・クールベは、好事家からのプライベートな注文を受けて、『世界の起源』と題する女性の腹部と陰部のクローズアップ絵画を描きました。現代でも、ジュディ・シカゴら多くのフェミニズムの芸術家が、女性性の表現として女性器を取りあげています。

　女性器をモチーフとするアートは、創作の意図はさまざまですが、いにしえより連綿と生みだされてきたわけです。マッカートニー氏の作品も、こうした系譜に連なる芸術作品であると私は考えます。

　同氏の独創は、女性器模型を横長パネルにして並べた点にあるでしょう。エルギン・マーブルのような古代ギリシャ神殿のレリーフ群像を連想させる表現様式です。

　そうした古代ギリシャの彫刻群は、神々の物語に仮託した、人が獣性を脱して人間性を獲得する過程の物語と読み解くことができます。それにたいして、マッカートニー氏の作品は、女性器の形状がじつにさまざまであり、女性がひとりひとり個性のあるユニークな存在であることを雄弁に物語っています。

　私見ではありますが、それゆえ両者は様式上の相似にくわえて、人間の自立や個性の深まりの表現という点でも符合しているように思えます。

　性器とギリシャ神殿彫刻という取り合わせは、一見して唐突に映るかもしれません。けれど、古代ギリシャでは、デロス島のディオニュソス神殿をはじめ、あまたの男根像が安置され崇拝されました。そもそも生殖器は、女性器であれ男性器であれ、古今東西の宗教で繁栄祈願や魔除けとして崇められてきたのです。

　マッカートニー氏の女性器模型に宗教的なニュアンスは明らかに希薄です。ただし、それはどんなに即物的に見えたとしても、奥深いところで聖なるものと通底しているように、私には思えます。

＊『週刊ポスト』9月21日／28日合併号掲載コメント

　～私たちの見識や文化の成熟度を問う作品～

　「浮世絵春画に見られるように、かつては日本は西洋より格段に性表現に寛容なお国柄であったはず。そもそも猥褻とアートを厳密に線引きするなど不可能な話です。性表現には芸術性と猥褻性が混在しているのが普通ですから。究極には、受け手のありようの問題でしょう。例えば、性器が露骨に描き込まれた昔の好色画は、今となっては往時の時代風俗を物語る貴重な証言かもしれません。つまり、私たちの見識や文化の成熟度が問われているのです」〈田中雅志・美術史家〉

＊『週刊ポスト』8月17日／24日合併号掲載コメント

　～女性器をモチーフにした芸術作品の系譜だ～

　「女性器をモチーフにしたアートははるか昔から存在しました。キリスト教が伝わる以前のイギリスの古い教会では、女性器を広げた形の『シーラ・ナ・ギク』という魔よけの彫刻が作られた。近代でも、19世紀フランス写実主義の巨匠、ギュスターヴ・クールベは『世界の起源』と題する女性の腹部と陰部をクローズアップした絵画を残しています。マッカートニー氏の作品はこうした系譜に連なるものであると同時に、その横長パネルの女性器群像は、かつて古代ギリシャのパルテノン神殿を飾り、現在は大英博物館に展示されているエルギン・マーブル等の彫刻群に様式上通じるものがあると感じます」〈田中雅志・美術史家〉