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ウィーン古書店めぐり追想


田中 雅志(作家・翻訳家)

 

 どの街にも表情があります。初めて訪れる異国の地。はたして、どんな顔をしているでしょう?それを知るには、街歩きがもってこい。乗り物にはなるべく乗らず、通りから通りへ、路地から路地へと、テクテク歩くのです。


 歩き疲れてちょっとカフェでひと休み。話す言葉も髪の色も違う人々との出会い。初めての異国の地では、スーパーに入るのだってとっても新鮮です。そうこうしているうちに、街の輪郭がだんだんと浮きあがってくるものです。


 本好きの方なら、たまたま見かけた古書店にぶらっと立ち寄ってみるのもいいですね。チャイムを鳴らしてさあ店内へ。すると、あの古い紙独特の匂いが鼻をつきます。書棚には革装の古書がずらり。時の流れが止まったかのような静けさです。気むずかしそうなオヤジの店主がこちらをジロリ。ラッキーなら、美人の店員さんが笑顔で迎えてくれるかもしれません。


 ウィーン通の方ならご存知のとおり、この街にもかなりの数の古書店が店を構えています。ただし、古書店といっても、揺籃印刷本(インキュナブラ)のような稀覯書を扱う敷居の高い専門店から、雑多な本が無造作に積みあげられている古本屋までさまざまです。その違いは外観や店のたたずまいですぐに分かります。

 

ウィーン古書店めぐりで蒐集した美術古書の数々
ウィーン古書店めぐりで蒐集した美術古書の数々

 

 私がウィーンを含め欧米の古書店をせっせとめぐり歩いたのは、バブル景気真っ盛りの1990年頃に遡ります。ですが、インターネットの普及につれて足が遠のいていきました。どんな稀少な本でも、自宅にいながら瞬時に見つけだして購入できる時代になったのです。価格比較までできたりします。じつに便利かつ効率的です。

 

 しかしです。苦労して掘り出し物を見つける喜びは減ってしまいました。便利になった分だけ、発見する喜びが薄れてしまったのは、残念な気がします。現地に赴けば、本以外にもたくさん発見があります。効率とかコストがすべてでは決してないということです。

 

 私はアート本、それもとくに19世紀末からアールデコくらいまでのエロティックなテイストの挿絵本を探していました。最初にウィーンを訪れたとき、オーストリア古書店案内のリーフレットを手にしながら、リンク内外で美術書を扱う古書店を片っ端から訪ね歩いたものです。その後もしばらくの間、年に一度はかならず足を運びました。

 

 こうして訪れた中でももっとも思い出深いのが、「フランツ・ドイティケ」です。1878年創業の老舗で、フロイトの著作を数多く出版するなど、もともと医学・自然科学系の書店です。ウィーン大学近くのHelferstorferstraßeに店舗がありました(しばらく前の企業買収でこの店舗は残念ながら現存しません)。じつに立派な店構えで、図書館のような雰囲気がありました。店員さんも専門知識豊富な方たちばかり。

 

 在庫本の情報は紙の図書カードで整理され、分野ごとにカードケースに収められていました。オンライン目録が普及する以前のことです。お客は気になったカードを引き抜いて、店員さんに渡します。するとそのカードの本を書庫から取りだして見せてくれます。

 

 私のお目当ては「挿絵本」や「珍書奇書(クリオーザ)」の分野。東洋の端っこからはるばる来たのですから、一枚ずつカードをめくって念入りにチェックしたものです。こうして、日本にいては入手困難だったかなりの数のレアブックを手に入れることができました。

 

 最後に、ウィーンの古書店めぐりが初めての方に、ささやかなプチ情報を。当地を訪れましたら、まずは古書店案内のリーフレットを入手して下さい。現在でも、オーストリア古書籍商連盟(Verband der Antiquare Österreichs)発行の無料リーフレットが古書店の店頭に置いてあると思います。書店名、住所、メールアドレス、取扱い分野が掲載され、マップ入りでとても便利です(入手不可の場合はごめんなさい。かわりに、"wien" "antiquariat"などの語でネット検索しても、もちろん必要な情報は得られます)。

 

 あと、訪れたお店の情報をメモしておくといいです。次に訪れるときに役立ちますよ。買った本や気になった本の情報などです。ついでに、印象的だったことを書き留めておくのもいいですね。「ジェントルマンな店主」、「店員さん、松葉杖ついてた」とか。そのときの状況がイキイキと蘇ります。

 

 え、明日からウィーンに行かれる予定ですって!本好きなあなたなら、古書店めぐりもお忘れなきよう。効率的なネットの本探しでは見えてこない、ウィーンのもう一つの素顔が見つかるかもしれません。では、お気をつけて。Gute Reise! 

 

 

 

[出典:「ウィーン古書店めぐり追想」(『ウィーンの森』 日襖文化協会刊, 第107号, pp.4-5, 2012-10)]


 

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