*フリードリヒ・シュペー『犯罪にたいする警告』(一六三一年) Friedrich Spee, Cautio criminalis, seu de processibus contra sagas liber (1631)

 

【解説】

 近世に吹き荒れた魔女迫害の嵐にあって、一群の医師、聖職者、法学者たちがおのれの身の危険を顧みず立ち向かった。そうした人々のなかでも、フリードリヒ・シュペー・フォン・ランゲンフェルト(一五九一~一六三五)は、勇気と義憤をもって魔女裁判の不正を痛烈に指摘したにとどまらず、数々の公正な訴訟手続きをも提言した点において特筆に値する存在である。彼はまた、イエスへの讃美に捧げられた詩集『小夜鳴き鳥に競う』(Trutz-Nachatigall)を著し、ドイツ文学史にもその名をとどめている。

 シュペーはケルン大学に学び、そののちイエズス会に入会し、ドイツ各地に司祭として派遣された。当時ドイツは三十年戦争の戦乱のただ中にあり、各地では魔女狩りが頻発していた。一六二九年に着任したドイツ中西部の都市バーデルボルンでも、魔女迫害が横行していた。彼はこの地の大学で道徳神学の教授をつとめるとともに、聴罪司祭として数多くの魔女の被疑者たちと接した。こうして、被疑者のほとんどは苛酷な拷問にたえかねて偽りの自供をした無実の人々であると確信するようになった。哀れな犠牲者への同情と不正な裁判への憤りから、シュペーの髪は若くして真っ白になった伝えられる。そして三一年、魔女裁判批判の書である『犯罪にたいする警告』を匿名で出版するにいたる。

 シュペーは、魔女として裁かれている者のほとんどが無実の人々であると分かり、「そもそも魔女など存在するかどうか疑わしく思うようになった」と疑念を呈している。ただし、魔女術は「途轍もなく恐ろしく重大で嫌悪すべき犯罪」であると述べている。つまり、魔女術という犯罪の存在までは否定していない。また、悪魔がさまざまな能力を持つことも否定していない。魔女妄想の完全な否定に至るには、のちの合理主義的な懐疑論者たちの登場を待たなければならない。

 シュペーの必死の訴えは、残念ながら、同時代の為政者や権力者にはほとんど聞き入れられなかった。しかし、彼の死後に少しずつだが着実に浸透していった。シュペーが後世の訴訟手続きにおよぼした影響のほどは論証が困難である。ただし、拷問や魔女裁判の廃止におよぼした影響については跡づけることができる。その影響の一端は、『犯罪にたいする警告』の普及ぶりにうかがえる。つまり、一六三一年にラテン語初版本が刊行されたのち、三二年と四七年にラテン語版が再版され、ドイツ語版は四七年に抄訳、その翌年に完訳がそれぞれ刊行された。そして五七年にはオランダ語版、六〇年にフランス語版、八〇年にはポーランド語板が刊行されている。

 以下に訳出する問五十一は、『犯罪にたいする警告』の最後に挙げられた問いであり、その冒頭でシュペーが述べているとおり、本書でそれまでに展開されたさまざまな議論を要約する内容となっている。

 

【出典】

*Friedrich von Spee, Cautio criminalis, oder, Rechtliches Bedenken wegen der Hexenprozesse, deutsche Ausgabe von Joachim-Friedrich Ritter, Weimar, H. Bohlaus Nachf., 1939, SS.279-289.

*翻訳に際しては次の資料を参照した。Friedrich von Spee, Cautio Criminalis, or a Book on Witch Trials, translated by Marcus Hellyer, Charlottesville, Univ. of Virginia Pr, 2003, pp.214-222.


【翻訳】

問五十一 尊敬すべき皇帝が認知するに値し、またドイツの人々が考察するに値するよう、現在の魔女裁判で裁判官たちが用いている方法を要約すると、どのようになるか?


答え。読者は誰でも本書の要約を作成することができるであろうが、私ならばいっそう容易にそれができるので、著者みずから以下において本書を要約することにする。ただし、うまく織り込むことのできなかった多くの事柄は省略されている。そうした事項については、前述の箇所を参照されたい。以下に記された事項についてさらに詳しく知りたい場合にも、同様にされたい。


一 信じがたいことであるが、ドイツの民衆のあいだでは、(きまりの悪いことに)それもとりわけカトリック教徒のあいだで、迷信、ねたみ、嘘、中傷、不平などが蔓延している。そのことを当局者は処罰せず、説教師も叱責せず、そのためまず第一に魔術に関する容疑がわき起こっている。神が聖書でお戒めしている神罰にあたる行為はみな、魔女が犯しているとされる。もはや神や自然が何事かをなすのではなく、魔女こそすべての出来事の張本人だというのだ。

 

二 そこで、誰もが熱心に叫ぶ。当局者は魔女を取り調べろと(ところが、魔女の多くは、じつはそのように叫ぶ者の言葉から生みだされている)。

 

三 そのため、諸侯は裁判官や顧問官に魔女を裁判にかけるよう命じる。

 

四 命じられた裁判官たちは当初、どこから着手したらよいか分からない。証拠も証言もないからである。それに良心に省みて、正当な理由なしに事を企てる気にもなれない。

 

五 そうこうするあいだに、裁判官たちは審理を開始するよう何度か勧告される。民衆はこのようにもたついていることこそ怪しいと叫ぶ。そして、諸侯たちは何者かに助言され、民衆とほぼ同様の事柄を確信するようになる。

 

六 ドイツでは、諸侯のご機嫌を損ね、諸侯にただちに服従しないことは、ゆゆしき重大事である。ほとんどの人々は、たとえ聖職者でさえ、諸侯が気に入ることならばほとんど何でも大仰に賛同する。そして、諸侯をしばしばそそのかす者について指摘におよぼうとはしない。たとえ諸侯がどんなに素晴らしい資質の持ち主であったとしても。

 

七 そのため、裁判官は最終的に諸侯の意向に従い、ついにはどうにか裁判へと着手する。

 

八 裁判官がこうした厄介な問題にあたるのになおも逡巡していると、特別に任命された異端審問官が送り込まれることになる。その異端審問官が人の常として、いささか未熟であったり欲に駆られていたりすると、そうした欠点はこの問題においてはその様相を一変させ、まさしく純真な正義や情熱へと化す。そして、この正義や情熱は金銭欲によって間違いなく煽りたてられる。それもとりわけ、異端審問官がたくさんの子持ちで貧しく貪欲であり、また前述したように、異端審問官が臨時の賦課金を農民から自由に徴収できるとともに、罪人を火刑に処すごとに数ターラー(1)の報奨金を支給される場合にはなおさらである。

 

九 そのため、憑依された者が何事かを漏らしたり、貧しい平民の女神〈ガイア〉が悪意ある根拠のない(なぜならけっして証明されないからであるが)世間の噂の標的にされたりすると、彼女は真っ先に犠牲者となる。

 

十 噂だけに基づいて、その他の証拠なしに彼女を裁判にかけているなどと思われないようにしなければならない。そのため審理が開かれる際には、ご覧あれ!突如として、証拠が次のような両刀論法〈ジレンマ〉を用いてもたらされる。すなわち、彼女は悪しき不道徳の生活を送ってきたか、それとも正しい生活を送ってきたか、という論法である。もし悪しき生活を送ってきたとすれば、悪は悪を呼ぶと容易に想定されるため、それは有罪の有力な証拠とされる。ところが、たとえ正しい生活を送ってきたとしても、同様に有罪の有力な証拠とされる。なぜなら、魔女はそのようにして自分の本性を隠し、じつに品行方正に見えるよう装うものとされているからである。

 

十一 女神〈ガイア〉は投獄を命じられる。するとご覧あれ!さらなる証拠がこの両刀論法からもたらされる。すなわち、彼女はいま脅えているか、それとも脅えていないか、という論法である。もし脅えているのであれば(それはもっともである。というのも、彼女はこうした場合にはふつう苛酷な拷問が用いられると耳にしたからだ)、それは有罪の証拠とされる。なぜなら、彼女は良心に苛まれているはずだからである。もし脅えている様子がないならば(それももっともである。というのも、彼女は自分の無実を確信しているからだ)、それもまた有罪の証拠とされる。なぜなら、無実であると言い張り、堂々と振る舞うのは、当然ながら魔女の特徴とされているからである。

 

十二 しかし、それでも依然として有罪にするに足る証拠を得られない場合には、異端審問官は自分の部下に彼女の過去を洗いざらい尋問させる。その部下というのは、往々にして不道徳でいかがわしい輩である。すると当然ながら、異端審問官たちは尋問で得られた彼女の言動を悪意ある解釈によっていともたやすくねじ曲げ、魔術の証拠とすることができるのだ。

 

十三 もしも彼女をひどい目に遭わせてやろうと思っていた者がいれば、いまやまたとない機会の到来である。そうした者たちは何でも好き勝手なことを申し立てできるし、その証拠となるものなど簡単に見つけるであろう。そして、じゅうぶん証拠があるからあいつは有罪だ、と四方八方から叫ぶのである。

 

十四 こうして彼女は連行され、できるだけ速やかに尋問される。逮捕された当日に尋問が開始されることも往々にしてある。

 

十五 被疑者には、弁護人もまったく公平な抗弁もいっさい認めらない。というのも、これは例外の犯罪であると誰もが言い張っているからだ。そのため、彼女を弁護しかばおうとする者までも、同罪の疑いをかけられてしまう。それについて何か発言しようとする者、裁判官に慎重になるよう促そうとする者の場合も同様である。そんなことをすれば、たちまち魔女の擁護者と呼ばれてしまう。こうして、誰もが口を閉ざし、ペン先を鈍らせ、言わざる書かざるになってしまうのである。

 

十六 ところが、彼女にはなにがしかの自己弁護の機会が与えられていると見せかけるために、裁判官はふつう彼女を法廷に出廷させ、証拠を読みあげつぶさに検討する。ただし、それが本当に検討と呼べるものであればだが。

 

十七 たとえ彼女が証拠に異議を唱え、すべての容疑にたいして納得のいく説明をしたとしても、そんなことは気にとめられず、記録されもしない。どんなに見事に受け答えしたとしても、容疑は依然としてそのまま残る。裁判官は彼女を牢獄に連れ戻すよう命じる。さらに頑迷を通し続けるつもりか、よくよく考えさせるためである。彼女は自己弁護したために、すでに頑迷とされているのである。それに、たとえ彼女がすっかり身の潔白を証明したとしても、このことが新たな証拠となる。魔女でなければそんなに弁が立つはずはない、というわけである。

 

十八 裁判官はこうして彼女によく考えさせたのちに、翌日ふたたび出廷させて、拷問を行なうとの宣告を読みあげる。告発にたいする彼女の返答や異議などいっさいなかったかのように。

 

十九 ただし拷問に先だって、刑吏が彼女を別室に連れていく。そして、彼女がなんらかの魔術によって痛みを感じなくさせるのを防ぐために、全身の毛を剃り、からだじゅうをくまなく検査する。まったく恥知らずにも、女性器さえ検査する。今日にいたるまで、もちろんそれで何かが発見されたためしはない。

 

二十 だが、女性へのこうした検査がどうしてなくなろう。なにせ相手が聖職者でも行なわれるのだから。それも、聖職諸侯の異端審問官や教会官吏の手によって。というのも、ドイツの裁判官は、教皇庁の特別な許可なしに聖職者を裁判にかける人々にむけての激しく叱責した教書(「主の晩餐にて」)を軽んじているからである。異端審問官たちは、じつに敬虔で教皇庁にきわめて従順な諸侯たちさえこの教書について何も知らず、そのため裁判で手加減などしないと確信しているのである。

 

二十一 彼女の身体検査と剃毛が終わると、拷問が行なわれる。真実を述べさせるため、つまりは、私は有罪ですと言わせるためである。それ以外の彼女の発言はみな真実ではなく、また真実とはなりえない。

 

二十二 拷問は第一段階のものから、つまり比較的ゆるやかな拷問から始められる。ただし、それは次のように考える必要がある。すなわち、第一段階の拷問は実際のところじつに苛酷であって、あとに続く拷問に比べればゆるやかなだけなのだと。そのため、もしそれで自供が得られれば、拷問なしに自供したと称される。

 

二十三 そのように報告された諸侯らは、彼女が間違いなく有罪であると思うであろう。なにしろ、拷問なしにみずから進んで自分の罪を認めたのだから。

 

二十四 自供ののち、彼女は一顧だにされることなく処刑される。たとえ自供しなかったとしても殺される。ひとたび拷問が開始されたら、死は避けられないからだ。もはや逃れる術はなく、死を迎えるしかない。

 

二十五 だから、自供しようがしまいがいっしょである。どのみち彼女は次のいずれかの場合により殺される。つまり、もし彼女が自供すれば、すでに述べたとおり、容疑は明らかとなって処刑される。どんなに自供を撤回しても無駄である。そして、もし自供しなければ、拷問が二度、三度、四度と繰り返される。裁判官は何でも思いどおりにできる。というのも、この例外的な犯罪の場合には、拷問の期間や苛酷さの度合いや回数について何の規則もないからである。裁判官は、自分が罪を犯したなどとは思わない。しかし、やがては自分の良心という法廷で、その罪と直面せざるをえなくなるだろう。

 

二十六 もし彼女が拷問で、苦痛のあまり目をきょろきょろさせたり凝視したりすれば、それが新たな証拠となる。目をきょろきょろさせれば、見ろ、こいつは愛人[つまり悪魔]を捜しているぞ、と言われる。そして凝視すれば、見ろ、こいつはすでに愛人を見つけ、見つめていやがる、と言われる。もし彼女が何度も拷問を受けたのに口を割らなかったり、苦痛で顔を歪ませたり、気を失ったりすると、こいつは沈黙の妖術を使っている、拷問の最中に笑っていやがる、または寝ているぞ、だからいっそう罪深いにちがいない、などと言われる。そして、生きながらにして火炙りするにふさわしいということになる。最近のこと、何度も拷問を受けたのにもかかわらず自供しようとしなかった何人かの女性たちにたいして、こうした処刑がなされた。

 

二十七 聴罪司祭や修道司祭でさえ、彼女が頑迷なまま悔い改めることなく死んだと述べる。彼女は悔い改めようとも愛人を捨てようともせず、愛人への忠誠を貫こうとしたとされる。

 

二十八 ところが、被疑者の女性がたまたまこうした拷問のあとで死んだりすると、悪魔に首をへし折られたのだと言われる。裁判官は次のような反論しようのない論拠によってそのことを証明する。それはお望みとあれば誰でも使える論拠だ。すなわち、先述したように、悪魔が人を殺すときはかならず首をへし折る、というわけである。

 

二十九 こうして、むろん彼女の遺体は運びだされ、刑吏によって当然ながら絞首台の下に埋められるであろう。[以下略]

 

【訳註】

(1)ターラーは十五~十九世紀ドイツ諸州で流通した銀貨。



[出典:田中雅志 編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]


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