*バールーフ・デ・スピノザ、悪魔について(一六六一年頃、七五年) Baruch de Spinoza, Of Devils (ca.1661,1675)

【解説】

 バールーフ・デ・スピノザ(一六三二~七七)は、ユダヤ系オランダ人の哲学者、神学者である。デカルト、ライプニッツとならぶ近代合理主義の哲学者として知られる。

 一六五六年、スピノザはユダヤ教聖典への批判的見解により、無神論者としてアムステルダムのユダヤ人共同体から破門・追放される。そののちハーグに移住して転居を繰り返しながら執筆を続けたが、出版する著書は瀆神の書とされ、終生にわたり無神論者の烙印がつきまとった。

 スピノザの徹底した合理主義、一元的汎神論、機械論または決定論の立場からすれば、悪魔など存在する余地はまったくなかった。一部のそれもとくにプロテスタント系の神学者たちは、神の全能性を損なうとして悪の能力を否定したが、スピノザの見解はそうした悪の能力の否定を徹底させたものといえる。

 スピノザは悪魔の問題について詳細に論じることはなかった。悪魔が存在しないのは自明であり、議論するに値しないと考えていたためと思われる。悪魔については主著『エチカ』でも触れていない。ただし、悪魔については当時の人々の関心がきわめて高かったことから、生前未刊に終わった『神、人間、および人間の幸福に関する短論文』(Korte  Verhandeling van God, de menschen deszelfs welstand)において、「悪魔について」という一章をもうけ、悪魔非存在説を簡潔ながら述べている(翻訳A )。また、青年貴族アルベルト・ブルフあての書簡にも、悪魔は無限にして永遠なる神の信仰とは相容れないとの見解が開陳されている(翻訳B)。さらに、『神学・政治論』第二章でも簡潔に言及されている)。

 

【出典】

*A: Benedictus de Spinoza, Short Treatise on God, Man, and his  Wellbeing, tr. and ed., with an introd. and commentary and a life of Spinoza, by A. Wolf, London, 1910, p.30.

*B: Spinoza, Benedictus de, The correspondence of Spinoza, translated and edited with introduction and annotations by A. Wolf, New York, Lincoln MacVeagh, The Dial Press, 1928, pp.350-352.

*翻訳に際しては以下の資料を参照した。スピノザ『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』, 畠中尚志訳,(岩波文庫), 岩波書店, 一九九五年, 202-203頁。スピノザ『スピノザ往復書簡』, 畠中尚志訳,(岩波文庫), 岩波書店, 一九六八年, 335-336頁。


【翻訳】
A

[第二巻]第二五章、悪魔について

 それでは次に、はたして悪魔なるものが存在するかどうかについて簡潔に述べることにしよう。それはつぎのとおりだ。

 もし悪魔が神とまったく正反対のものであり、そして神から何ものも受けとらないものであるとするならば、悪魔はすでに論じたあの無とまったく等しくなる。

 もしも、一部の人々が述べているように、悪魔とはいかなる善も望まずかつ行なわない、よって神とはまったくあい対立している思惟するものであると主張するならば、悪魔はじつに惨めであるに違いなく、もし祈りが役立つのなら、彼が改宗するよう祈ってやらなければなるまい。

 しかし、このように惨めなものがほんの一瞬でも存在できるのかどうか、いちおう考察しておこう。そして考察すれば、そんなことはできないとただちに分かるであろう。なぜなら、もののあらゆる持続はそのものの完全性に由来し、しかもそのものはより本質や神性を備えているほど、いっそう恒常的となるからである。したがって、悪魔は自分のなかにわずかな完全性さえ有していないのだから、どうしてそんなものが存在することができよう。それにくわえて、思惟するものの様態の恒常性と持続とは、そうした様態が愛をつうじて神と合一する、その結合一にひとえに起因する。こうした合一の正反対が悪魔の場合に仮定されているのであるから、悪魔はけっして存在しえないことになろう。

 それなのに、なぜ人々は悪魔など仮定するのであろうか。そんな必表などまったくないのに。というのも、私たちは他の人々のように憎しみやねたみや怒りといった感情の原因を見いだすために悪魔を仮定するといった必要などなく、そんな虚構なしでも、それらの原因をじゅうぶんに見いだしているのだから。

 

B

[一六七五年十二月、スピノザから貴族の青年アルベルト・ブルフへの書簡]

 人から聞いたときにはほとんど信じられなかったことが、あなたのお手紙でようやく理解できました。つまり、あなたはみずからおっしゃっているように、ローマカトリック教会の一員となったばかりでなく、そのもっとも尖鋭な闘士となり、すでに反対者をののしり罵倒する術を学んでしまったのですね。[中略]

 けれども、あなたのお手紙にもどることにします。お手紙のなかで、あなたはまず、私が悪魔に惑わされていることを嘆いています。しかし、どうか機嫌を取り戻して正気にかえってください。健全な精神を備えていた時分のあなたは、万物を絶対的に生じさせかつ維持させている無限なる神を崇敬していたはずです。けれども、いまではあなたは神の敵である悪魔を夢想しています。神の意思に逆らって、(善人は稀なために)大多数の人々を欺き惑わす悪魔などというものを。そして、大多数の人々を神は悪徳に長けた悪魔に引き渡して、永遠の劫罰を与えるとしています。ということは、神の裁きは悪魔にたいしては何の罰も与えることなしに人々を惑わすことを許しておきながら、その悪魔から哀れにも惑わされ欺かれた人々にたいしては、罰せられないままであるのを許さないことになってしまいます。

 こうした不条理も、もしあなたが無限にして永遠なる神を崇敬しているのでしたら、まだ容認できたでしょう。けれども、あなたはシャスティヨンの伯爵がオランダではティーネンと呼ばれている町で何ら罰を受けることなしに馬どもに与え食わせたあの神を崇敬しているのです(1)。それでいて、哀れなるあなたは私を嘆いているのでしょうか。あなたは理解してもいない私の哲学を幻影[キマイラ]と呼ぶのですか。ああ、愚かなる若者よ、いったい誰に惑わされて、あなたがあの最高にして永遠なるもの(2)を呑みこんで、それをお腹のなかに持っているなどと信じるようになってしまったのですか。[以下略]

 

【訳註】

(1)つまり、カトリックの教えを信仰しているということ。この一文は以下の史実を下敷きとしている。一六三五年、フランスのユグノー教徒の将軍で、シャスティヨン(Chastillon)の伯爵ガスパールが、カトリック教徒の町ティーネンを略奪した。その際、ガスパールはカトリックへの反感を露わに示すために聖体用のパンである聖餅を馬に与えたとの風評が囁かれた。

(2)先述した聖餅のことをさしている。



[出典:田中雅志 編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]

 

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