聖書(前六世紀頃~後二世紀頃)  The Holy Bible(ca.6 B.C. ~ ca.2 A.D.)

【解説】

 魔女狩りの時代、聖書は魔女を極刑に処すよう定めているものと信じられた。その根拠として筆頭に挙げられたのが、出エジプト記の「女呪術師を生かしておいてはならない」、それにレビ記の「男であれ、女であれ、口寄せや魔術師は死刑にしなければならない。そうした者は石で打ち殺さなければならない」といった一節である。

 サムエル記上のいわゆる「エンドルの魔女」の逸話も、近世の悪魔学者たちから頻繁に引用された。この逸話をめぐり、悪霊の力を借りているとされた交霊術に頼ったサウル王の罪が問題とされるとともに、出現したサムエルの霊ははたして本物か、それとも悪魔の幻惑によるものか、大いに議論が交わされた。それ以外にも、聖書は随所で魔女とその悪しき魔女術を断罪しているものと信じられた。

 たしかに、聖書はいたるところで魔術や占いの類を非としている。とくに旧約聖書のモーセ五書(律法、つまり創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)では、先述したように、口寄せや魔術師は死罪とされている。またこれらの者に頼った者も追放すべしと定められている。

 こうした聖書の魔術に関する記述は、近世の魔女迫害者たちから、当時の魔女信仰に合致するよう解釈されることになった。それは聖書翻訳に反映されている。たとえば、出エジプト記の「女呪術師」は、古代ヘブライ語でkashaphであり、現在では呪術を用いる女と解されている(ただし、その意味するところは正確には分かっていない)。それにたいして、ジェームズ一世が編纂を命じた欽定訳聖書では、「魔女〈ウィッチ〉」と訳された。また、「口寄せ」は「使い魔を持つ女」と訳されている。

 しかしながら、聖書に述べられている魔術と近世の魔女術とははたして同じものであろか。この問題は十六世紀から十七世紀に論争の的になった。そして、ヴァイヤーやスコットやベッカーら懐疑論者たちは、両者の違いをいち早く指摘している。

 律法の言葉はあくまでも古代イスラエル人のために示された禁令や戒めや生活規範である。そこで断罪された口寄せや魔術師たちは、中世末から近世にかけて定型化された魔女とはむろん異なる。つまり、聖書には悪魔と結託した魔女はもちろんのこと、悪魔との契約も、魔女のサバトも、夜の飛行も、いっさい登場しない。

 ただし、ここで重要なのは、魔女狩りの時代、聖書は人々から超歴史的な絶対の権威をもって受け止められていたという事実である。それはまさしく神の法、神の言葉であった。そのことを、私たちは念頭におく必要がある。

 以下において、近世に魔女迫害の根拠とされた聖書のおもな記述を列挙する。主として、旧約聖書における魔術や占いなどについての記述である。なお、悪魔や悪霊については、新約聖書のいたる箇所で言及されている。そのため、それについてはもっとも代表的な記述、つまりマタイによる福音書のベルゼブル論争、ルカによる福音書のイエスにたいする悪魔の誘惑、そしてエフェソの信徒への手紙の一節を取りあげるにとどめた。

 

【出典】

*The Holy Bible Containing the Old and New Testaments, King James Version, 1611.

*翻訳に際しては以下の資料を参照した。The Holy Bible : containing the Old and New Testaments with the Apocryphal/Deuterocanonical books, New Revised StandardVersion, New York, Oxford University Press, 1989. 『聖書 新共同訳:旧約聖書続編つき』、共同訳聖書実行委員会[編]、日本聖書協会、2004年。


【翻訳】


*旧約聖書より

 

◎出エジプト記22:18

 女呪術師を生かしておいてはならない。

 

◎レビ記19:26

 血が含まれたものを食べてはならない。占いや呪術を行ってはならない。

 

◎レビ記19:31

 口寄せや魔術師を頼みとしたり探し求めたりして、そうした者から汚れを受けてはならない。わたしはあなたたちの神、主である。
 
◎レビ記20:6

 口寄せや魔術師を頼みとし、そうした者にわが身を売りわたす者があれば、わたしはそうした者を断固として非とし、民のなかから追い払う。

◎レビ記20:27

 男であれ、女であれ、口寄せや魔術師は死刑にしなければならない。そうした者は石で打ち殺さなければならない。彼らの行為は死罪にあたる。

◎申命記18:10-12

 あなたのあいだに、自分の息子や娘に火渡りをさせる者、占い師、卜者[ぼくしゃ]、易者、呪術師、呪文を唱える者、霊に伺いをたてる者、死者にお告げを求める者がいてはならない。こうしたことを行う者はみな、主が忌み嫌われるからである。これら厭うべき行いのゆえに、あなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるであろう。

◎申命記18:20

 ただし、預言者がわたしの命じていないことを、他の神々の名によって語ったり、または勝手にわたしの名によって語ったりしたならば、その預言者は死なねばならない。
 
◎サムエル記 上15:23

 反逆は占いの罪に等しく、高慢は悪行と偶像崇拝に等しい。あなたは主の御言葉を退けたので、主によって王位から退けられる。

◎サムエル記 上28:1-25[エンドルの魔女]

 そのころ、ペリシテ人(1)はイスラエルと戦うために軍を集結させていた。アキシュ(2)はダビデ(3)に言った。「あなたも、あなたの部下も、わたしとともに出陣することを、よく承知していてもらいたい」。ダビデはアキシュに答えた。「たしかに。それで、僕の働きがお分かりになるでしょう」。アキシュはダビデに言った。「よろしい。それではあなたをわたしの命を守る護衛の者としよう」。

 サムエル(4)が死んだ。全イスラエルは彼を悼み、彼の町ラマに葬った。サウル(5)は口寄せや魔術師を国内から追放した。ペリシテ人は集結し、シュネムに来て陣を敷いた。サウルはイスラエルの全軍を集め、ギルボアに陣を敷いた。そしてペリシテ軍を目にすると、サウルは恐れ、ひどくおののいた。サウルは主に託宣を求めたが、主は夢によっても、ウリム(6)によっても、預言者によってもお答えにならなかった。そこで、サウルは家臣に命じて言った。「口寄せの女を探してくれ。その女のところに行って尋ねるとしよう」。家臣は答えた。「エンドルに口寄せの女がいます」。

 そこで、サウルは変装し、服装を替え、二人の家来をともない、夜分にその女のもとを訪れた。サウルは頼んだ。「霊に伺いをたててほしい。わたしが告げる人を呼び起こしてくれ」。女は言った。「サウルのしたことをご存じでしょう。サウルは口寄せや魔術師をこの地から断ちました。わたしを罠にはめて殺そうとするつもりですか」。サウルは主にかけて女に誓った。「主が生きておられるかぎり、このことでおまえが処罰されることはけっしてない」。女は尋ねた。「誰を呼び起こしましょうか」。「サムエルを呼び起こしてもらいたい」、と彼は答えた。そして、女はサムエルを見ると、大声で叫び、サウルに言った。「なぜわたしを欺いたのですか。あなたはサウルさまではありませんか」。王は言った。「恐れることはない。それより、何が見えるのだ」。女はサウルに言った。「神々しい者が地から上〈のぼ〉ってくるのが見えます」。サウルは女に言った。「どんな姿をしているのだ」。女は言った。「老人が上ってきます。長衣[ローブ]をまとっています」。サウルにはそれがサムエルだと分かったので、顔を地に伏せて礼をした。

 サムエルはサウルに言った。「なぜわたしをわざわざ呼び起こしたのか」。サウルは答えた。「困り果てているのです。ペリシテ人が戦いを仕掛けているのに、神はわたしから離れ去り、もはや預言者によっても、夢によってもお答えになりません。そこで、なすべき事を教えていただくために、あなたをお呼びしたのです」。サムエルは言った。「なぜわたしに尋ねるのか。主はあなたから離れ、敵となられたというのに。主は、わたしを通してお告げになったとおりになされた。あなたの手から王国をもぎ取り、あなたの隣人であるダビデにお与えになったのだ。あなたは主の声に従わず、アマレク人(7)にたいする主の憤りの業を果たそうとしなかった。だから、主は今日、あなたにたいしてこのようにされているのだ。さらに、主はあなたともどもイスラエルをペリシテ人の手にお渡しになる。明日、あなたとあなたの息子たちはわたしと共にいるだろう。主はイスラエルの軍隊をペリシテ人の手にお渡しになる」。

 このサムエルの言葉を聞くや、サウルはたちまち脅えきり、地面に倒れ伏した。それに、サウルは昼も夜も何も食べていなかったので、力がなくなっていた。口寄せの女はサウルに近づき、サウルが脅えきっている様子を見て言った。「あなたのしもべはあなたに聞きしたがいました。わたしは命がけで、あなたがおっしゃった言葉に聞きしたがったのです。ですから、今度はあなたがしもべに聞きしたがってください。ささやかな食事を差し上げますから、それを召し上がり、力をつけてお帰りください」。サウルは拒み、食べたくないと言った。しかし、女だけでなく家来たちも強く勧めたので、それに聞きしたがった。サウルは地面から起きあがり、床のうえに座った。女の家には肥えた子牛がいた。女はそれを急いで屠り、小麦粉を取ってこね、種なしパンを焼いた。そして、サウルと家来にそれを差しだした。彼らは食べて、その夜のうちに立ち去った。

 

◎列王記 下21:6

 彼[ユダの王マナセ]は、自分の息子に火渡りをさせ、占いやまじないを行い、口寄せや魔術師を用いた。主から見て悪とされることをたくさん行って、主の怒りを招いた。

◎列王記 下23:24

 ヨシヤはまた、口寄せ、魔術師、テラフィム(8)、偶像、そしてユダの地とエルサレムに見られる忌まわしきものすべてを一掃した。こうして、彼は祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に記されている律法の言葉を実現した。

◎イザヤ書28:15

 おまえたちは言った。「わたしたちは死と契約を結び、冥府[よみ]と協定している。たとえ災難が押し寄せても、わたしたちには及ばない。わたしたちは虚言を避難所とし、偽りのうちに逃げこんだのだから」。

*新約聖書より

 
◎マタイによる福音書12:22-28(ルカ11:14-20)[ベルゼブル論争]

 そのとき、悪霊に取りつかれて目が見えず口の利けない人がイエスのところに連れてこられ、イエスによって癒されると、話すことも見ることもできるようになった。群衆はみな驚いて、「この人はダビデの子ではないだろうか]と言った。ところが、これを耳にしたパリサイ派(9)の人々は、「悪霊の首領ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」と言った。イエスは彼らの考えを見抜いて言われた。「どんな国も、内輪もめすれば荒れ果ててしまう。どんな町も家も、内輪もめすれば成りたたない。サタンがサタンを追いだせば、内輪もめしていることになり、それではどうしてサタンの国が成りたつであろうか。もしわたしがベルゼブルの力で悪霊を追いだしているとすれば、あなたたちの祈祷師は何の力によって悪霊を追いだすというのか[ベルゼブルの力によってにちがいない]。それゆえ、あなたたちの祈祷師があなたたち自身を裁く者となろう。しかし、わたしが神の霊によって悪霊を追いだしているとすれば、神の国はあなたたちのもとに来ていることになるのだ。


◎ルカによる福音書4:1-13(マタイ4:1-11、マルコ1:12-13)[イエスにたいする悪魔の誘惑]

 イエスは精霊に満ちてヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野のなかを霊によって引きまわされ、四十日のあいだ悪魔から誘惑を受けられた。そのあいだ何も食べず、その日々が終わったときには空腹であられた。

 そこで、悪魔はイエスに言った。「あなたが神の子であるなら、この石にパンになるよう命じたらどうだ」。イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない』、と書いてある」。

 すると、悪魔はイエスを高みに引きあげ、瞬時のうちにこの世のすべての国々を見せた。そして、次のように言った。「これらの国々の栄華とそのすべての権力とを与えよう。それは自分に委ねられているので、気に入った誰にでも与えられる。もしあなたが私を崇拝するのなら、すべてあなたのものとなるだろう」。イエスはお答えになった。「『あなたの神である主を崇拝し、ただ主のみに仕えよ』、と書いてある」。

 次に、悪魔はイエスをエルサレムへと連れていき、神殿の小さな尖塔のうえに立たせて言った。「あなたが神の子であるなら、ここから飛び降りてみたらどうだ。なぜなら、次のように書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じて、あなたを守らせるであろう』。また、『あなたの足が石にぶつからないように、天使たちはその手であなたを受けとめるであろう』」。イエスはお答えになった。『あなたの神である主を試してはならない』、と言われている」。悪魔は誘惑をすべて終えると、時期が来るまでイエスから離れた。

 

◎ガラテヤの信徒への手紙5:16-21

 霊にしたがって生きなさい。そして、肉の欲求を満たしてはなりません。肉の望むところは霊に反し、霊の望むところは肉に反するからです。〔中略〕肉の所業は明らかです。それは、姦淫、不純、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、怒り、諍い、不和、仲間割れ、ねたみ、酩酊、大酒盛りのどんちゃん騒ぎといったたぐいのものです。以前にも忠告したように、このようなことを行う者は神の国を受け継ぐことはできないと忠告しておきます。


◎エフェソの信徒への手紙6:11-12

 悪魔の策略に立ち向かうことができるよう、あらゆる神の武具を身につけなさい。わたしたちの戦いは、血肉を備えた敵を相手にしているではなく、支配者を、権威者を、この世の暗闇の強大な権力者を、天界にいる悪の霊的勢力を、相手にしているのです。

【訳註】

(1)紀元前十二世紀頃からパレスティナ南西部に定住した非セム系の戦闘的民族。長年にわたって古代ユダヤ人を圧迫した。

(2)ペリシテ人の町の王。ダビデを二度かくまった。

(3)紀元前約千年頃、サウルに次ぐイスラエル王国第二代の王。ソロモンの父。

(4)古代ユダヤの士師(民族的指導者)、預言者。

(5)イスラエル王国初代の王。

(6)古代ユダヤの大祭司が神意を問う際に胸当てに入れて用いた、金属か宝石ででできた神聖な物体。

(7)アマレクの子孫で、イスラエルと敵対した遊牧民の部族。

(8)古代ユダヤ人の家神像。祖先崇拝や子孫繁栄や占いのために用いたと思われる。

(9)ユダヤ教の一派で、紀元前二世紀から紀元後一世紀にかけて活動。律法や儀式を厳格に遵守した。

 


[出典:田中雅志 編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]


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