*ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説』(一二六七年頃)より、ユスティナ伝  Jacobus de Voragine, Legenda aurea (ca.1267), The Life of St. Justina

【解説】

 キリスト教の聖人伝説は、カイサリアの司教エウセビオスの『教会史』(四世紀)を皮切りとして、中世をつうじて何人もの伝記作家たちによって記されてきた。そのなかでも、従来の聖人伝説を踏まえ、さまざまな異教伝承や土俗信仰を摂取しつつ十三世紀中頃に成立した『黄金伝説』は、聖人伝のまさに集大成であった。聖人、殉教者たちの列伝だけでなく、キリスト教の祭日などの習慣についても述べている同書は、中世において聖書とならび人々にたいへん親しまれ、キリスト教の教化に寄与するとともに、造形芸術の源泉ともなり、ヨーロッパ文化に計り知れない影響を与えた。

 作者のヤコブス・デ・ウォラギネ(一二三〇頃~九八年)は、ジェノヴァ近郊ヴァラッツェ出身のドミニコ会士である。ロンバルディア管区長を経て、晩年にはジェノヴァ市の第八代大司教を務めている。

 『黄金伝説』のなかの一挿話で、後世の悪魔学者から魔女の夜の移動に関する議論でたびたびとり取りあげられた物語がある。それは、オセールの司教である聖ゲルマヌス(三七八頃~四四八年)にまつわる次のような話しである。

 「聖ゲルマヌスがある家に招かれたときのことだ。聖人は夕食ののち、別の夕食の支度がしてあるのに気づいた。不思議に思った彼は、あれは誰の食事ですかと尋ねた。すると、夜遅くに立派なご婦人たちがやって来るのだという。そこで、聖人はその夜は寝ずに起きていることにした。すると、一群の悪霊たちが人間の男女の姿をして食卓へとやって集まってくるではないか。そこで、彼は悪霊たちにそのままその場にいるよう命じてから、家の者を起こして、あの客人たちは顔見知りかどうか尋ねた。家の者は、顔見知りです、みんな近所の人たちですよ、と答えた。ゲルマヌスは悪霊たちにどこにも行かないよう言ってから、近隣の家々を調べさせた。すると、みな家にいて寝ていると分かった。そこで聖人は問いつめたところ、とうとう客人たちは自分たちは悪霊であり、このようにして人間どもをたぶらかしているのだと白状した」。

 『黄金伝説』には、悪魔と結託して人々に危害を加える悪しき魔術師の話がいくつか語られている。その筆頭がキュプリアヌスの物語である。以下に訳出する『黄金伝説』のユスティナ伝によれば、キュプリアヌスはもともとは魔術師であったが、回心してアンティオケイアの主教になり、またユスティナは女子修道会の指導者になったとされる。そののち、ディオクレティアヌス帝によるキリスト教徒迫害で、キュプリアヌスはユスティナともどもアンティオケイアのニコメディアの宮廷に連行され、斬首されたと伝えられる。ローマのラテラノ大聖堂には、二人のものとされる聖遺物が安置されている。しかし、この物語の史実性は疑わしく、彼の名はしばしばカルタゴの司教タキスキウス・カエキリウス・キュプリアヌスと混同されてきた。

 回心した魔術師といえば、大ヤコブと競い、破れて改宗するヘルモゲネスもそうである。『黄金伝説』はヘルモゲネスの話も伝えている。これら悪しき魔術師の肖像は、エピファニオスら初期キリスト教護教家たちからグノーシス異端者の頭目として激しく非難されたシモン・マグス、または彼としばしば同一視された、使徒言行録に語られるシモンへと遡ることができるだろう。

 

【出典】

*Jacobus de Voragine, The Golden Legend : Readings on the Saints, translated by William Granger Ryan, Princeton, N.J., Princeton University Press, 1993, pp.192-195.

 

*翻訳に際しては次の資料を参照した。ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説』三、西井武訳、人文書院、1986年、470-477頁。

 ユスティナ(Justina)という名前は、正義を意味するjustitiaに由来する。というのも、彼女は正義をもって、すべての者にそれぞれふさわしいものを与えたからである。つまり、神には恭順を、目上の高位聖職者には畏敬を、同輩には友好を、目下の者には訓育を、敵には忍耐を、貧しく不幸な人々には同情と援助を、自分自身には聖徳を、そして隣人には愛を、それぞれ与えたのである。

 貞女ユスティナは、異教の祭官の娘としてアンティオケイア(1)の町に生まれた。毎日のように家の窓辺に座りながら、助祭のプロクレスが福音書を読むのに耳を傾けていたが、やがて彼の手引きで回心した。ある夜のこと、母親は寝床に入ってから、父親に娘の回心のことを告げた。それから眠りに落ちると、二人の夢枕にキリストが天使たちをつれて現われ、「私のもとに来なさい。そうすれば、あなたがたに天国を与えよう」と言われた。両親は目を覚ますと、すぐさま娘のユスティナとともに洗礼を受けた。

 貞女ユスティナはキュプリアヌスという者に長いあいだつきまとわれていたが、ついには彼をもキリスト教に改宗させた。キュプリアヌスは子供のころから魔術師であった。七歳のとき、両親によって悪魔に捧げられたのである。こうして、彼は魔術によって女性を家畜に変えたり、そのほかさまざまな驚異を頻繁に行った。彼はユスティナに惚れ込み、魔術を駆使して彼女をわがものにするか、さもなければ同じく彼女に惚れていたアクラディオスという男のものにしようと考えた。そこで、悪魔を呼びだして、その悪魔の力によってユスティナの心を捉えようとした。悪魔は現われ、「何のご用だね」とたずねた。キュプリアヌスは言った。「じつは、あるキリスト教徒の娘に惚れている。その娘を手に入れて想いを遂げさせてほしいのだ」。悪魔は答えた。「俺は人間どもを楽園から追いだしてやった。また、カインに弟を打ち殺させたのも、ユダヤ人たちにキリストを殺させたのも、みんな俺様の仕業だ。人間どものあいだにあらゆるもめ事を起こさせてきたんだ!小娘をおまえさんのものにして、想いを遂げさせてやることぐらい、何てことはない。この水薬を持っていき、娘の家のまわりに振りかけておけ。そうすりゃ、俺が娘のところに行って、その心に恋の炎をたきつけ、おまえさんの言いなりになるようにしてやろう」。

 そして明くる日の夜、悪魔はユスティナのもとに現われ、彼女の心によこしまな恋情を目覚めさせようとした。ユスティナは悪魔の誘惑に気づくと、主にひたすらわが身を委ね、全身に十字を切った。悪魔は十字のしるしを見るや、おじけづいて逃げだし、ふたたびキュプリアヌスの前に現われた。キュプリアヌスは、「どうして娘を連れてきてくれなかったのだ」と尋ねた。すると悪魔は、「娘のからだの十字のしるしを見たら、へなへなとすっかり力が抜けてしまってね」。

 キュプリアヌスはこの悪魔をお払い箱にして、もっと強い悪魔を呼びだした。現われた悪魔は言った。「おまえの注文は了解した。あんな腰抜けではだめだ。こんどはわしがもっとうまくやって、おまえの想いを遂げさせてやろう。娘のところへ行って、淫らな恋情をかき立ててやる。そうすれば、おまえは望みどおりに娘をものにできるだろう」。こうして、悪魔はユスティナのもとに赴き、躍起になって彼女の魂に罪深い欲望の炎を燃えたたせようとした。しかし、ふたたびユスティナは神にひたすらわが身をゆだね、十字のしるしであらゆる誘惑を退けて、悪魔を追いはらった。悪魔はほうほうのていでキュプリアヌスのもとに逃げ帰った。キュプリアヌスは、「お願いした娘はどうしたのだ」と尋ねた。すると悪魔は、「してやられた!申し訳ない。娘のからだの恐ろしい十字のしるしを見たとたんに、すっかり力が萎えてしまった」と答えた。

 キュプリアヌスはこの悪魔をあざけり、お払い箱にした。そして、今度は悪魔の頭目を呼びだし、相手が現われると、「たかが小娘ひとりに歯が立たないとは、おまえたち悪魔の力とやらも、見下げはてたものだ」と言った。すると悪魔は次のように言った。「余が娘のところにいって、あまたの情火でかき乱して進ぜよう。娘の魂に熱い欲情をかき立てて、からだじゅう熱く身悶えさせてみせよう。激しい興奮状態に陥らせ、恐ろしい幻覚の数々を見せてやる。真夜中には娘を連れてきてやるぞ」。

 こうして、悪魔は若い女の姿に変身し、ユスティナのもとに赴いて言った。「わたくしはあなた様とともに貞潔に暮らしたいと思い、こうして訪ねてまいりました。けれども、お尋ねいたしますが、わたくしたちの努力にたいしては、どのような報酬をいただけるものなのでしょうか」。聖処女ユスティナは答えた。「たくさんの報酬がいただけますよ。けれど、お勤めはごくわずかです」。悪魔は言った。「それでは、神様は『産めよ、増えよ、地に満ちよ』(2)と命じられましたが、これはどういう意味でしょう。わたくしたちが純潔を守りとおそうとしますと、この神様のお言葉をないがしろにすることになるのではないでしょうか。そして、お言葉に耳を貸さず背いたとして、厳しいお咎めを受けることになるのでは。報酬が与えられると期待していたのに、かえって大きな苦しみを招くことにはならないでしょうか」。このように悪魔によこしまな考えを吹きこまれると、ユスティナは大いに迷いはじめ、激しい情欲にいたく心をかき乱されて、ついには立ちあがり、すんでのところで悪魔についていきそうになった。しかし、そこでふと正気を取り戻し、こんなことを吹きこんだ者の正体に気がついた。そこで十字を切ってわが身を守り、悪魔に息を吹きかけた。すると、悪魔はたちまちロウソクのように溶けて消え去った。こうして、彼女は誘惑からすっかり解き放たれたように感じた。

 すると次に、悪魔はハンサムな青年の姿に変身して、ユスティナが寝ている寝室へとやってきた。そして、恥知らずにもベッドのなかにもぐりこみ、彼女を抱きしめようとした。ユスティナはこれが悪魔のしわざだと気づき、すぐさま十字を切った。すると、悪魔はまたしても溶けて消え去った。そののちも、神は悪魔のしたいままにおさせになった。悪魔はユスティナを高熱で苦しめたり、多くの人々や家畜や獣を殺したりした。また、ユスティナが結婚に同意しなければ、アンティオケイアじゅうに夥しい死人が出るだろうなどと、悪魔つきの人たちの口伝てに触れまわさせたりした。そのため、疫病に見舞われた町の住民たちは、ユスティナの両親の家のまえに押しかけ、娘をはやく結婚させて町をこの大災厄から救ってくれと訴えた。ところが、ユスティナはきっぱりと結婚を拒んだ。そのため町じゅうの人々が死の脅威にさらされたが、ユスティナは町の人々のために祈りをささげ、疫病がはやりだしてから七年目に病魔を町から追い払った。

 悪魔はいっこうに事がうまく運ばないと知ると、ユスティナの評判を貶めてやれと思い、彼女の姿に変身した。そしてユスティナを連れてくると豪語して、キュプリアヌスをだました。悪魔はユスティナになりすまし、キュプリアヌスのもとにやって来た。それも、キュプリアヌスに恋焦がれ、彼の接吻を望んでいるような風情で。キュプリアヌスはそれがてっきり本人だと思い、大喜びで叫んだ。「よく来てくれたね、ユスティナ。なんて美しいんだ!」。ところが、彼がユスティナの名前を口にしたとたんに、悪魔は彼女の神聖な名前に耐えることができず、煙となって消えてしまった。

 キュプリアヌスはだまされたと知って憤慨しつつも、ユスティナにたいする恋心をさらにつのらせた。そして、彼女の家の戸口でユスティナを見張るのだった。魔術を使い、ときには女性や鳥に姿を変えたりして。しかし、戸口のそばまで来ると、もはや女性や鳥には見えなかった。化けの皮がはがれ、もとのキュプリアヌスに戻ってしまうのだ。アクラディオスもまた、悪魔の術を使ってスズメへと変身し、彼女の家の窓辺へと飛んでいった。しかし、ユスティナにまなざしを向けられるや、彼はもはや雀ではなくなり、もとのアクラディオスに戻ってしまった。そして、そんな高さからでは飛び去ることも飛び降りることもできないために、身動き取れずに恐怖に身をすくませた。ユスティナは、彼が墜落してバラバラになるのではないかと心配した。そこで梯子をかけて降ろしてやり、これからはこんな無茶なことはおやめなさい、さもないと不法侵入の罪で罰せられますよと戒めた。

 これらすべての幻影は、むろんのこと悪魔の詐術であるにすぎなかった。そして、そのどれ一つとして悪魔のねらいに役立つことはなかった。そのため、悪魔はすっかり敗北して狼狽し、キュプリアヌスのもとに舞い戻った。キュプリアヌスは言った。「おまえも負けたのか!たかが小娘ひとりにも勝てず、思いどおりにすることもできないなんて、悪魔の力もたかが知れているな。それとは反対に、ユスティナはお前たちすべてを打ち負かし、おとなしくさせてしまった。ぜひ訊いておきたいのだが、いったい彼女のどこにそんな大きな力が潜んでいるのか」。悪魔は答えた。「おまえが余をけっして見捨てないと誓うのなら、あの娘がどんな力で勝ったのかを教えてやろう」。キュプリアヌスは、「何にかけて誓ったらよいか」と尋ねた。すると悪魔は、「余の偉大な力にかけて、けっして余を見捨てないと誓ってもらいたい!」と答えた。キュプリアヌスは言った。「おまえの偉大な力にかけて、絶対におまえを見捨てないと誓おう」。

 そこで、悪魔は安心して打ち明けた。「あの娘が十字を切ると、たちまち力がすっかり抜けてしまった。そして何もできないまま、火にあぶられたロウのように溶けて消えてしまったというわけだ」。キュプリアヌスは言った。「それでは、十字架にかけられた者はおまえよりも偉大なのか」。悪魔は答えた。「そのとおり、誰よりも偉大だ!そして、あいつはわれわれすべてを、それにわれわれに欺かれた者すべてを、けっして消えることのない劫火に焼かれるという苦しみに委ねるのだ」。キュプリアヌスは言った。「それでは、私も十字架にかけられた者の仲間にならなければ。そんな恐ろしい劫罰を受けるなんて、まっぴらごめんだからな!」。悪魔は言った。「おまえはわが悪魔の軍勢の力にかけて、余をけっして見捨てないと誓ったではないか。誰もこの誓いをとり消すことなどできない!」。キュプリアヌスは答えた。「おまえも、おまえのすべての仲間も、見下げた奴らだ。私は十字架にかけられた者の霊験あるしるしによって身を守るのだ!」。そう言われるやいなや、悪魔はあたふたと逃げだした。

 そののち、キュプリアヌスは主教のもとを訪れた。主教は彼の姿を見ると、信者を惑わすためにやって来たのだと思って、次のように言った。「キュプリアヌスよ、惑わすのはキリストの教えを信じていない人たちだけに留めておくことだ!神の教会にたいしては、おまえなぞ手も足も出せない。キリストのお力はけっして打ち破ることなどできないのだから」。キュプリアヌスは、「キリストのお力が無敵であることはよく心得ております」と言った。そして、事の一部始終を打ち明けて、主教から洗礼を授かった。それからというもの、キュプリアヌスは学識にしても高潔な生活ぶりにしても著しい向上を見せた。そして、主教亡きあとはその後任に任じられた。また、ユスティナを修道院に入れて、多くの修道女のうえに立つ修道院長に任命した。迫害を受けている信者たちにはたびたび書簡を送り、苦闘する彼らをはげました。

 この地方を治めていた総督は、キュプリアヌスとユスティナの評判を耳にして、二人を面前に召しだした。そして、偽りの神に供物をささげるつもりはないかと問いただした。しかし、二人とも断固としてキリストの教えを捨てようとしなかった。そこで、総督は蝋や瀝青や油の煮えたぎる大釜に二人を投げこませた。けれど、二人はさっぱりとしただけで、何の痛みも感じなかった。すると、偽神の祭官は総督に次のように言った。「わたくしめを大釜のまえに立たせてくだされば、たちどころに奴らの力を失わせてみせましょう」。そして大釜に近づくと、次のように唱えた。「おお、ヘルメス神よ、それに大神ゼウスよ、汝らは偉大なり!」。すると見よ、大釜のなかから火炎が噴きだして、祭官をあとかたもなく焼きつくしてしまった。ユスティナとキュプリアヌスは大釜から出された。そして、死刑の判決を言い渡され、ともに首を刎ねられた。二人の亡骸は犬の群れに投じられ、七日のあいだ晒されたのち、ローマへと運ばれた。しかし、いまはピアチェンツァ(3)に安置されているという。二人の殉教はディオクレティアヌス帝の治下、紀元二八〇年九月二六日のことであった。

 

【訳註】

(1)またはアンティオキア。古代シリアの主要都市で、紀元一世紀ローマ帝国による征服前後から初期キリスト教の布教の中心地となり、のちに五大総主教座とされる。現トルコのアンタキヤ。

(2)創世記1:28。

(3)イタリア北部の町。



[出典:田中雅志 編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]


 

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